活動報告

 

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Vol.15 健康危機管理に関する資金メカニズムの課題と将来への教訓 

東京女子医科大学 国際環境・熱帯医学講座准教授 坂元晴香

 

既存の健康危機に関する資金メカニズムの概況

健康危機が発生した際、いかに初期の段階で迅速に対応を行いさらなる被害の拡大を阻止できるかが大切である。その際に、迅速な初動を可能とするためには、柔軟かつ機動的に十分量の資金がWHO等の危機管理に対応する組織に行き渡ることが必要である。これまでも、特に2013年に発生した西アフリカのエボラ出血熱の流行を契機として健康危機管理に対応するための様々な資金メカニズムが設立されてきた。代表的なものには、まずWHOのContingency Fund for Emergencies (CFE)が挙げられる (1) 。これは、2016年に設立された基金で、ドナー各国が事前に拠出した資金をプールしておき、実際に健康危機が発生した際に、迅速に資金拠出を行うことでスムーズな初動を可能とすることを目的としている。健康危機が実際に発生してから、ドナーから資金が届くまでの間には通常タイムラグが発生するが、事前にプールした資金を割り当てることでこのタイムラグを埋めることが期待されている。以下は、CFEへの2016年設立以降の拠出状況であるが、日本も2016年、2019年と資金拠出を行っており、主要なドナーの一つである。

 

 

 

 

同様に、主要な拠出をドナーに依存するメカニズムとしては、国連中央緊急対応基金(Central Emergency Response Fund, CERF)も挙げられる(2) 。CERFは、1)大規模な災害や紛争の発生時に、緊急人道支援の初動財源を補填することで被害の拡大を最小限にすること(rapid response)、2)ドナーからの援助が行き渡らない資金不足の人道危機(いわゆる「忘れられた危機」)への対応を可能にすること(underfunded Emergencies)を目的とし、国連人道機関に対して資金を拠出する仕組みである。事務局は、国連人道問題調整部(OCHA)内に設置されている。また、類似の基金としては、国別プール基金(Country Based Pooled Fund, CBPF)も存在するが(3) 、これはドナーが寄付金を一つの基金にイヤマークしない形でプールすることで、新たな人道危機が発生したり、既存の人道危機の状況が悪化した際に、迅速に資金提供を可能とするメカニズムである。

 

また、別の主要資金メカニズムとしては、世界銀行のパンデミック緊急ファシリティ(Pandemic Emergency Facilities, PEF)が挙げられる(4) 。PEFは2017年に設立され、パンデミックが発生・拡大した場合に、迅速かつ円滑に資金動員を行うために、世界銀行が保険会社とのデリバティブ取引や投資家向けのパンデミック債の発行を行うものである。従来の、CFEやCERFなどの多くがドナーに依存する資金メカニズムである一方で、PEFは健康危機発生時に市場の資金を導入するという点において革新的な金融商品として期待されたのである。

 

CFEやPEFによるCOVID-19対応の限界

2019年末から発生したCOVID-19もまた他の健康危機同様に多くの資金を必要とし、前述の資金メカニズムから一定程度の資金が割り当てられた。例えば、WHO CFEからは、13百万米ドルの資金拠出が行われた(5) 。またCERFとCBPFでは合計490百万米ドルの資金拠出が行われた(CBPF(250百万)+CERF(241百万))(6) 。さらに、世界銀行 PEFでは合計195.8百万米ドルの資金拠出が行われた(それぞれの拠出額はいずれも2022年2月末報告時点)(7) 。このように、既存の資金メカニズムが果たした役割は小さくなかった一方で、COVID-19のような世界規模のパンデミックとなるとやはりその資金量が十分だったとは言えない。また、実際に世界規模のパンデミックを経験する中で、これら既存のメカニズムが抱える様々な課題もまた明らかになった。

 

例えばCERF、CBPF、CFE などは、事前にドナーからの資金がプールされているため、健康危機発生後直ちに資金を放出し、緊急事態に迅速に対応することができるが、完全なドナーベースのメカニズムであるため、その資金額の絶対量は少ない(特にWHO CFE)。また、COVID-19のように事態が長期化するにつれて資金の枯渇が課題となり、WHO自身に資金調達のための多大な努力を要する形となっている。本来的には世界規模の健康危機の場合、WHOが資金調達にその労力を割くのではなく、迅速にWHOに資金が集まってくる体制があることが望ましい。また、これはCFEの目的そのものであるが、CFEはあくまでも初動体制に特化したものであるため(拠出対象は原則として発生してから3ヶ月以内)、COVID-19のように長期化し、かつ時間が経過するごとに自体が深刻化するような健康危機には必ずしも適切な形態ではなかった。さらに、ドナーに依拠するメカニズムの多くがそうであるように、危機時においては迅速かつ柔軟性の高い資金が望ましい一方で、実際には拠出するドナーの多くはイヤマークする形での拠出を望み、実際の資金使用に関しても事前事後に詳細なドナー側との調整を要求すること、WHOには例えばWHO Emergency Programmeなど他にも健康危機を所管する部署が予算を有するが、それら他の組織内の予算との調整が必ずしも適切ではなかったことなどが指摘されている(8,9) 

 

また、PEFに関しては、支払いまでに要する時間の長さや、要件の厳格さが問題として指摘されている。例えば、2018年から2000人以上の命を奪ったコンゴ民主共和国(DRC)でのエボラウイルス病の発生は、コンゴ民主主義共和国以外の2カ国において、20人以上の死亡という発動基準を満たせず、PEFを発動させることができなかった。また、COVID-19においては、2019年12月に中国で最初の患者が報告されてから3カ月以上経過した2020年4月17日に初めてPEFが発動した。これは、PEFの発動には、最低12週間以上流行が継続していることや、感染者数の増加状況に関する規定の両方を満たすことが必要だからである。健康危機管理においては初動が大切であるにもかかわらず、パンデミックがすでに進行してからでなければ支払いが行われないという矛盾がここに存在する。また、ややテクニカルな話にはなるが、一口に感染症といってもその感染様式や重症化の割合、致死率、感染拡大スピードなどは病原体により大きく異なる。したがって、エボラウイルス病のような感染症を想定して設定したトリガーは、新型コロナウイルス感染症の場合には不適切という状況が発生し、この辺りは例えば被害状況がある程度想定しやすい自然災害等とは状況が大きく異なる。また、自然災害の場合には、基本的には初期段階で被害が最大であり、その後は基本的には被害が急激に拡大していくということはない。しかしながら、感染症の場合には、新型コロナウイルス感染症を見ても分かる通り、流行の初期では被害全容の把握が難しく、数ヶ月単位で被害がピークを迎えるということもあり、この辺りも保険商品としての販売が難しくなる要因である。

 

COVID-19が明らかにした既存メカニズムが抱える課題

これまで、健康危機管理に関する既存の資金メカニズムとしてCFEとPEFを中心に見てきたが、さらに根源的な問題として、そもそも「健康危機管理に必要な資金」の定義が定まっていないこともここで指摘しておきたい。一口に健康危機管理といってもその対象は非常に広く曖昧であり、結果として、健康危機対応のために必要な資金の全体量やドナーからの拠出額、生じている資金ギャップ等の全体像が不明瞭なままとなっている。それはすなわち、資金拠出に関して透明性が確保されていないことでもあり、実際に健康危機の被害を受けている国においては資金の不足や重複等の非効率が生じていることでもある。こうした緊急事態における援助資金の非効率は、ドナーと非援助国の双方に不要な負担を生じており、本来得られるはずのアウトカムが適切に得られないこと、さらにはドナー目線で資金を出しやすい領域に資金が偏るため、高度な専門性やイノベーティブな手法に対する資金が不足する問題などが指摘されている(10)

 

また、WHO CFEが今回のCOVID-19では十分にその役割を果たせなかったと書いたが、だからといってWHO CFEが不要という話ではない。例えば、WHO CFEは2015年の設立以降、主に低中所得国での局地的なパンデミックの初動に対しては迅速な資金提供を行い、被害拡大の阻止に貢献してきた。このような、従来想定されていた、低中所得国の局地的パンデミック対応に関しては引き続きCFEの存在は有用であると思う一方で、今回のCOVID-19のような桁外れに被害の大きい、かつグローバルなパンデミックの前には従来の考え方ではなく全く新しいメカニズムが必要となる。従来のドナー頼りの資金メカニズムでは限界があり、民間資金を導入し圧倒的な資金量全体のスケールアップを図っていくことが必要であろう。その意味で、迅速な市場の資金導入を目指したPEFの経験から学ぶ事は多い。残念ながらPEFに関しては一度そのプログラムは終了したが、その成果と教訓については、引き続き検証されることが必要である。

 

また、市場資金の迅速な導入という観点から、今回のCOVID-19ではWHOテドロス事務局長のリーダーシップでCOVID-19 Solidarity Response Fundが設立された(11) 。これは、ドナーに限らず広く民間や個人からも資金を集めるものであり、WHOが民間からも寄付を受け付けたのは始めてのことである。このSolidarity Fundは2022年2月時点で合計256百万米ドルという非常に大きな金額を調達することに成功している。しかしながら、このSolidarity Fundも基本的には寄付の仕組みであり、COVID-19が長期化するに従い、資金調達のペースは鈍っているのもまた事実である。財政規模、財源確保の迅速性、支出の柔軟性などを達成するためには、引き続きドナー資金にのみ頼らない資金メカニズムのあり方を検討していくことが必要である。

 

脚注

1.WHO. Contingency Fund for Emergencies (CFE) https://www.who.int/emergencies/funding/contingency-fund-for-emergencies

2. Central Emergency Response Fund (CERF) https://cerf.un.org/

3. Country Based Pooled Fund (CBPF) https://www.unocha.org/our-work/humanitarian-financing/country-based-pooled-funds-cbpf

4. World Bank. The Pandemic Emergency Financing Facility. https://thedocs.worldbank.org/en/doc/134541557247094502-0090022019/original/PEFOperationalBriefFeb2019.pdf

5.  https://cdn.who.int/media/docs/default-source/documents/emergencies/cfe-allocations-2015-2022-feb22.pdf?sfvrsn=716ec302_5 (2022年2月末時点. 用途としてCOVID-19 もしくは、Novel Coronavirusと記載されているもののみを対象)

6.  https://data.humdata.org/dataset/cerf-covid-19-allocations 

7.  https://www.worldbank.org/en/topic/pandemics/brief/fact-sheet-pandemic-emergency-financing-facility

8.  Jain V, Duse A, Bausch DG. Planning for large epidemics and pandemics: challenges from a policy perspective. Curr Opin Infect Dis. 2018;31(4):316–24.

9.  Lawson ML. Foreign aid: international donor coordination of development assistance. 2013.

https://www.cbd.int/financial/mainstream/g-coordination.pdf Accessed 20 Oct 2019.

10.  Jain, Vageesh. “Financing global health emergency response: outbreaks, not agencies.” Journal of public health policy 41.2 (2020): 196-205.

11.  https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/donate

 

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坂元晴香「健康危機管理に関する資金メカニズムの課題と将来への教訓」グローバルヘルス・ガバナンス研究会ポリシーブリーフ「ポスト・コロナ時代の国際保健外交―日本の戦略を問う」日本国際交流センター. 2022-3-11. vol. 15.

 


ポリシーブリーフ「ポスト・コロナ時代の国際保健外交―日本の戦略を問う」は、当センターが東京大学未来ビジョン研究センターと共同で実施しているグローバルヘルス・ガバナンス研究会(GHG研究会)のメンバーが、今後のグローバルヘルスにおける日本の役割を考える上で検討が求められる課題の論点を整理し、問題を提起することを目的に執筆しているものです。なお、本研究会は、外務省の令和3年度外交・安全保障調査研究事業費補助金(総合事業)を得て実施しています。

 

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